なんとなく

昨年末、なんとなーく10年近くも連絡していなかった友達に、急に手紙を書こうと思い立ちました。特に何かきっかけがあったわけではありませんが、ただ近況を知りたかったし、書きたいと思いました。アフリカに住んでるからってインターネットが使えないわけではありませんが、敢えて手紙にしてみました。
自分は趣があって思い返すことができる、アナログな手紙が好きです。特に手紙を受け取ったときのタイミング、その時の気持ちや生活環境によって書かれている言葉の意味が違って聞こえ、別の日に読み返すと、また違った意味で捉えることができたり…

お互い何をしているかよく知りませんし、タイミングは全く分からず、手紙が到着するまで時間は掛かるし、わからないことだらけでした。
急な連絡だったので、返信が来なくても仕方ないなーと思ってましたが、先日、ようやく返信を受け取ることができました。

こんな感じで手紙や荷物は、郵便局にある自分用のポストに届きます。


自分にとっては、なんとなく書こうと思った手紙でしたが、相手にとっては実は重大な決心をしている真っ最中だったみたいで、タイミングが良いのか悪いのか更に分からなくなりましたが(笑)、手紙がちょっとした励みになってくれたみたいです。嬉しかったです。悩んでいる時期と、突然連絡したのはほぼ同じタイミングのようで、自分でも驚きました。
遠くに居ても何か感じ取ることができたのでしょうか・・・?

10年ぶりの急な連絡にも関わらず、正直に近況を話してくれたことはありがたいことです。
また、ここウガンダで生活する中で気持ちの浮き沈みを感じることもあり、特にストレスを感じていた時期だったので、自分も受け取った手紙に励まされました。考えてみれば、母方の祖母の突然の訃報によって落ち込んでいる時でした。お互いちょっと苦しい時期だったのかもしれませんが、いつか再会したときには、笑い話を交えて話せることと思います。

それから、ウガンダには自分の居場所があって生活を楽しむことができていますが、日本にも帰る場所があることを思い出させてくれました。


「THIS IS OUR HOME」


思い起せば会社を退社したのは、ちょうど2年前。
自分の天職について迷いに迷った時期がありますが、情報を探っているうちに、なんとなく次のステップに行かなきゃなーという考えがあり、興味があってなんとなく自分に合ってるような気がする青年海外協力隊に心を決めて応募。
きっとその時の試験官も、「こいつはなんとなく途上国で生きていけるんじゃないかな」とか思ったはずです。


 「なんとなく」 自分に合ってる気がする。
 「なんとなく」 助けようと思った。
 「なんとなく」 様子がおかしいと思った。
 「なんとなく」 連絡したくなった。
 「なんとなく」 必要だと感じた。


「なんとなく」って何だかボンヤリして意思が弱いような言葉ですが、自分の直感からくる感性のようなもので、それが良いのか悪いのか判断したり、現実に行動するか否か、あとは全て自分次第なんですね。

なかなか素直になれない自分なので(笑)自分自身に「なんとなく」をもっと大切にするよう言い聞かせているところです。なんとなく旧友に手紙を出したいと思ったのも、何かの知らせなんだと思います。

少なくとも今は、2年前に感じた「なんとなく」は間違ってなかったことを、ここウガンダで証明しているところです。
「なんとなく。」あなたが思っている以上にも、大切なあなたの能力なのかもしれません。


Ichimasa